パラダイムチェンジを迎える途上国の水支援

社会起業家への熱い期待

WHOとUNICEFが先頃公表したレポートによれば、現在、世界の91%の人々に安全な飲み水が供給されているという。1990年時点では世界人口のわずか76%にすぎず、この25年間で大きく改善した。安全な飲み水にアクセスできない国民が50%を超える国は1990年には23カ国あったが、現在では3カ国に減少している。

Progress on Sanitation and Drinking Water-2015 Update and MDG Assessment

しかし、今でも6億6千万人の人々がいまだに安全な飲み水にアクセスがないという。これはアフリカのサブサハラと南アジア地域の国々に集中していて状況はなかなか改善しない。

水道設備などの大型インフラが整っていないところでは、従来、井戸の掘ることが奨励されたが、一旦掘られた井戸はメンテナンスが行き届かず、数年して使えなくなるケースが多い。井戸を管理し長く使えるようにするには、管理する技術とモチベーションを持つ人が必要だが、日々の運営を国際機関やNGOが継続的に行うのは難しい。現地の人々も「援助慣れ」してしまい、自力で管理しようとするモチベーションも低い。

そこで今注目されているのが社会起業家だ。世界でユニークな取り組みが試みられている。

例えばインドのNextDropは水道局による水の配給時間を携帯電話のSMSで近隣に伝えるというサービスを行っている。インドの都市では水道局による水の配給の時間と量が不安定だ。日によって配給の時間が変わり、多くの人々(特に女性)が時間を無駄にしている(タイミングを間違えると水を受け取れない)。一定の手数料で配給情報を送るサービスは好評で、ユーザが増えているという。狙いはこうして集めた人々のデータだが、面白い試みだ。

NetDrop Uses Big Data, Texting to Improve Water Distribution

国際的なNGOであるWaterAidはWater Kiosk(水キオスク)なるモデルを試している。地元の社会起業家と組み、プリペイドサービスで水の供給が受けられるシステムだ。マラウイ、ウガンダ、ケニア、カンボジアなどで試験的にスタートしている。携帯電話のプリペイドのチケットを買うように、水のチケットを買う仕組みである。

WaterAidのWater Kioskの模様(Youtube)

まだ動きとしては小さいが、ユニリーバもOxfamと共同で、2014年12月にナイジェリアの都市内に2つの水供給センターを設け、地元の起業家に運営を任せている。NGOであるOxfamも、従来の援助に偏った支援の方法を、今後は市場への投資(Cash in Market)という方法へ重点を置いていくことを考えているという。

変化の意味するところ

こうした世界の動きから何が見えるだろう。ひとつには安全な飲み水のような社会課題へのアプローチが、画期的な道具や製品の創出という次元から、「オペレーションのイノベーション」に重点がシフトしてきていることだ。

それは部品としてのソリューションではなく、広い意味でのシステムとしてのソリューションに移行してきている兆候が見える。そこから生まれる付加価値を持続可能なエンジンに仕立てる戦略である。NextDropが水配給の情報を伝えるという単純なサービスから、じつはユーザの基本的な生活にかかわる情報を集め、より大きな付加価値のあるソリューションを提供しようとしているのはその典型だ。

また、援助機関のハンズオンに関する認識が変わってきてようにも思える。従来のハンズオンは「できるものができないもののためにやってあげている」という図式があり、そこに無理もあって持続しないケースが多かった。今は援助側も、できないことはできないと明確に割り切り、できないところをどのように地元のNGOや社会起業家と役割分担するかというところに、重点を置き換えているように見える。NGOや外部パートナーとのコラボレーションは今に始まったことではないが、持続的な運営の責任とリターンに対する厳密な議論が必要になってきているようだ。

このパラダイムの変化は、今後5年〜10年の間に大きく加速することが予想される。これからのBOPビジネスを考えていく上で無視できない兆候だ。

書籍紹介:善意で貧困はなくせるかー貧乏人の行動経済学

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「貧困解消の方法」を評価する方法

困っている人がいれば助けたいという善意の気持ちを誰しもが持っている。しかし、貧困という一見単純に見える問題が、実はロケット打ち上げにもまさる複雑さをもっていると知るとき、私たちは善意だけでは打ち勝てないことに思い至る。具体的な問題を冷徹に分析し、戦略性を持つことが必要となるのだ。本書がテーマとするのは、問題の本質を理解し戦略を評価するための、行動経済学に基づく新しいアプローチである。

著者は開発の分野でよく引き合いに出される「魚を与えればその人は一日食べられる。魚のつり方を教えれば一生食べられる」という中国のことわざを疑問視する。確かにわかりやすい言葉だが、あまりに単純化しすぎて、本質を見えなくしているのではないだろうか。何よりも上からの目線で、顔の見えない支援になっていると筆者は指摘する。

貧困を解決したいなら、それがどういうことなのかを抽象的な言葉でなく、現実として知る必要がある。どんな匂い、どんな味、どんな手触りかを知る必要がある。

この現実を捉えるツールとして採用されているのが「ランダム化比較試験(RCT)」という方法である。この方法そのものは新しいものでは全くないが、開発の分野にRCTを持ち込んで、貧困解消のためのさまざまなプロジェクトやプログラムを、具体的な裨益者レベルにおいて厳密に評価できるようにしたことは画期的であった。

例えばマイクロファイナンスは、グラミン銀行のユヌス博士を筆頭に、具体的な実践の積み重ねによってつくられた仕組みである。グループ貸し付けのような独特の方法論が、成功モデルとして全世界に広まったが、その成功要因や課題を厳密に分析・評価されることなく、本質的なところは良く知られていなかった。そこに著者の研究グループはRCTを適用してマイクロファイナンスの本質を浮き彫りにしていく。その手法は、推理小説を読むようであり、人間の顔が見えてくる。

本書では農業、教育、ヘルスケアとなど、多岐にわたる分野のプロジェクトをRCTで分析・評価している。どれも問題の所在を明らかにし、特定の方法論の意義と課題を明確にしようとする。読者はそこに新しい視点を見いだし、課題のなかに機会も見えることに気付くだろう。社会と人間の謎解き本としても面白く読める。

善意で貧困はなくせるのか?―― 貧乏人の行動経済学
ディーン・カーラン ジェイコブ・アペル
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