ビールから始まるソーシャル・チェンジ

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ビールのラベルにメッセージ:The Guardianの記事より転載

「議論を促す」おしゃれな社会貢献ビジネス

バーや居酒屋での話題といえば、上司の愚痴や同僚の噂話が定番。うまいビールと酒を飲み交わし、気のおけない仲間たちと日々の憂さを晴らすのが、何といっても楽しい。ほろ酔い気分でリラックスし、心を素直にできる酒場は、人と人とをつなぐコミュニケーションの場としても魅力的だ。

そんな酒の席で、社会の課題について触れ、公平で夢のある未来について話し合うことも、わたくしたちの人生を豊かにしてくれるかもしれない。

女性の自立や移民問題など、社会の課題を解決することを目的に、オーストラリアの若い女性8人で立ち上げた新しい酒造会社会社が、Sparkke Change Beverage Co.である。自社のビール缶のラベルに、男女平等、セクシュアル・コンセント(性の同意)や移民問題などに関するさりげないメッセージを添えて販売する。

「Niples are Nipples(乳首は同じ乳首)」、「Consent can’t come after you do(やってしまった後では、『同意』はできない)」などのメッセージを、おしゃれなデザインと色で表現し、ビール缶ラベルに添えている。男女平等やセクシャル・コンセントに関する関心を高め、メッセージを機に人々が酒の席で議論することを期待している。

現在は他社の醸造したビールを仕入れて販売しているが、いずれ自社の醸造所を作る計画だ。酒造メーカーとして持続的なビジネスを広げながら、社会を変えていくプラットフォームをつくっていくことをビジョンに掲げているという。

「ソーシャル・エンタープライズ=社会課題を解決するためのビジネス」というと、何やら大げさで、かしこまったように聞こえるが、こうしたしなやかで、おしゃれな方法もある。ビールを傾けながら、人の幸せや公平な社会について話すのも悪くない。

Sparking change: social enterprise serves up feminism with beer and fashion/The Guardian/January 8, 2017

パラダイムチェンジを迎える途上国の水支援

社会起業家への熱い期待

WHOとUNICEFが先頃公表したレポートによれば、現在、世界の91%の人々に安全な飲み水が供給されているという。1990年時点では世界人口のわずか76%にすぎず、この25年間で大きく改善した。安全な飲み水にアクセスできない国民が50%を超える国は1990年には23カ国あったが、現在では3カ国に減少している。

Progress on Sanitation and Drinking Water-2015 Update and MDG Assessment

しかし、今でも6億6千万人の人々がいまだに安全な飲み水にアクセスがないという。これはアフリカのサブサハラと南アジア地域の国々に集中していて状況はなかなか改善しない。

水道設備などの大型インフラが整っていないところでは、従来、井戸の掘ることが奨励されたが、一旦掘られた井戸はメンテナンスが行き届かず、数年して使えなくなるケースが多い。井戸を管理し長く使えるようにするには、管理する技術とモチベーションを持つ人が必要だが、日々の運営を国際機関やNGOが継続的に行うのは難しい。現地の人々も「援助慣れ」してしまい、自力で管理しようとするモチベーションも低い。

そこで今注目されているのが社会起業家だ。世界でユニークな取り組みが試みられている。

例えばインドのNextDropは水道局による水の配給時間を携帯電話のSMSで近隣に伝えるというサービスを行っている。インドの都市では水道局による水の配給の時間と量が不安定だ。日によって配給の時間が変わり、多くの人々(特に女性)が時間を無駄にしている(タイミングを間違えると水を受け取れない)。一定の手数料で配給情報を送るサービスは好評で、ユーザが増えているという。狙いはこうして集めた人々のデータだが、面白い試みだ。

NetDrop Uses Big Data, Texting to Improve Water Distribution

国際的なNGOであるWaterAidはWater Kiosk(水キオスク)なるモデルを試している。地元の社会起業家と組み、プリペイドサービスで水の供給が受けられるシステムだ。マラウイ、ウガンダ、ケニア、カンボジアなどで試験的にスタートしている。携帯電話のプリペイドのチケットを買うように、水のチケットを買う仕組みである。

WaterAidのWater Kioskの模様(Youtube)

まだ動きとしては小さいが、ユニリーバもOxfamと共同で、2014年12月にナイジェリアの都市内に2つの水供給センターを設け、地元の起業家に運営を任せている。NGOであるOxfamも、従来の援助に偏った支援の方法を、今後は市場への投資(Cash in Market)という方法へ重点を置いていくことを考えているという。

変化の意味するところ

こうした世界の動きから何が見えるだろう。ひとつには安全な飲み水のような社会課題へのアプローチが、画期的な道具や製品の創出という次元から、「オペレーションのイノベーション」に重点がシフトしてきていることだ。

それは部品としてのソリューションではなく、広い意味でのシステムとしてのソリューションに移行してきている兆候が見える。そこから生まれる付加価値を持続可能なエンジンに仕立てる戦略である。NextDropが水配給の情報を伝えるという単純なサービスから、じつはユーザの基本的な生活にかかわる情報を集め、より大きな付加価値のあるソリューションを提供しようとしているのはその典型だ。

また、援助機関のハンズオンに関する認識が変わってきてようにも思える。従来のハンズオンは「できるものができないもののためにやってあげている」という図式があり、そこに無理もあって持続しないケースが多かった。今は援助側も、できないことはできないと明確に割り切り、できないところをどのように地元のNGOや社会起業家と役割分担するかというところに、重点を置き換えているように見える。NGOや外部パートナーとのコラボレーションは今に始まったことではないが、持続的な運営の責任とリターンに対する厳密な議論が必要になってきているようだ。

このパラダイムの変化は、今後5年〜10年の間に大きく加速することが予想される。これからのBOPビジネスを考えていく上で無視できない兆候だ。

イギリスのBuy Socialキャンペーン

Social Enterprise UKのホームページより転載

Eat me, Drink me, Wear me, Buy me: Social Enterprise UKのホームページより転載

イギリスのソーシャル・エンタープライズ普及法

イギリスは、国の政策として社会起業家(ソーシャル・エンタープライズ)を推進していて、その着実な広がりは地に足の着いたもののように見える。当然、無数の試行錯誤を日々繰り返してきて、今に至ったものに違いないが、そのアプローチが戦略的で実務的なところがお国柄を感じさせる。

例えばソーシャル・エンタープライズの普及と支援を行っているSocial Enterprise UKは、社会起業家の「業界団体」のような存在だが、その主要な活動は政府へのロビー活動であり、政策提言とソーシャル・エンタープライズのアジェンダを政策の優先事項に上げるためのキャンペーン活動を中心に活動を展開している。メンバーを動員して政治的な力を増し、社会起業家の利益代表として国に働きかける姿勢は、日本ではまだ見られない動きだ。

Social Enterprise UKのホームページ

その数あるキャンペーンの中に、2012年から始まったBuy Socialキャンペーンがある。これは一般の民間企業と消費者の購買活動をソーシャル・エンタープライズに結びつけることを狙いにしており、企業の仕入れ調達のサプライチェーンのなかに、ソーシャル・エンタープライズを組み込むことで「企業の社会的な価値も上げよう」というキャンペーンである。

Buy Social キャンペーンの動画

すごいなと思うのは、こうしたキャンペーンの厚みである。ソーシャル・エンタープライズのデータベースつくって公開し、企業の調達規則のドラフトまで用意する。「これでもか」と様々な施策を畳み掛ける。こうした施策が全て成果を出している訳ではないだろうが、その重厚さは見習いたい。

日本でのソーシャルな動きは、ビジネスコンテストが花盛りでイベント的なものが多いように感じるが、本当に社会を変えるには、多くの人々を動員する戦略性と実務能力も必要になってくると思われる。

イギリスの高齢化問題に特化したインパクト・インベストメント

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高齢化対策に取り組む社会起業家を支援

日本は高齢化社会の先進国などと言われているが、高齢化社会への危機感は日本の専売特許ではない。イギリスでも今後20年間に大きな人口構成の変化が見込まれている – 85歳以上の人口は今の倍となり、65歳以上の高齢者は全人口の四分の一を占めるようになるという。

イギリスがおもしろいのは、高齢化のような課題に様々な社会起業家がユニークな方法で取り組んでいて、それを支援するエコシステムが出来上がってきているところだ。たとえば2012年に設立されたNesta Impact Investmentsは、高齢化社会の課題に取り組む社会起業家へ投資するインパクト・インベストメント・ファンドである。

2015年3月に発行されたレポートには、Nesta Impact Investmentの活動や投資先などが詳しく書かれている。特に焦点をあてているのが「認知症」の問題。現在、イギリスでは85万人が認知症に苦しんでおり、その数は2020年には100万人を超える。認知症を抱える本人もそうだが、実はサポートする家族などの介護者の悩みや苦しみは大きい。

こうした悩みや苦しみを一人で解決するのは難しい。社会全体で支援する仕組みが求められるが、国の支援には限界がある。ここに社会起業家による新たなイノベーションが求められているといえよう。Nesta Investmentは、社会起業家の新たな挑戦を支援することで高齢化社会に備えようとしている。もちろん市場としても高い成長が見込まれ、ビジネスとしても魅力的な分野だ。

「なるほど」と感じたのは、インパクト・インベストメントの必要性についての見解だ。国は高齢化社会対策に巨額を費やしているが、実はマクロ的な対策が多い。たとえば新しい治療の方法や診療に対する助成金などである。しかし、実際に苦しんでいる庶民に対する直接の裨益が少ない。国の手が直接には届かない庶民のサポートには、民間の起業家、社会起業家や投資家の役割が大きいとみており、インパクト・インベストメントの意義はその役割の一部を担うことだという。

実は、このファンドを運営するNestaはとても興味深い団体である。その紹介は回を改めて。

Nesta Impact Investmentのレポート:Remember Me(PDF)