書籍紹介:善意で貧困はなくせるかー貧乏人の行動経済学

SONY DSC

「貧困解消の方法」を評価する方法

困っている人がいれば助けたいという善意の気持ちを誰しもが持っている。しかし、貧困という一見単純に見える問題が、実はロケット打ち上げにもまさる複雑さをもっていると知るとき、私たちは善意だけでは打ち勝てないことに思い至る。具体的な問題を冷徹に分析し、戦略性を持つことが必要となるのだ。本書がテーマとするのは、問題の本質を理解し戦略を評価するための、行動経済学に基づく新しいアプローチである。

著者は開発の分野でよく引き合いに出される「魚を与えればその人は一日食べられる。魚のつり方を教えれば一生食べられる」という中国のことわざを疑問視する。確かにわかりやすい言葉だが、あまりに単純化しすぎて、本質を見えなくしているのではないだろうか。何よりも上からの目線で、顔の見えない支援になっていると筆者は指摘する。

貧困を解決したいなら、それがどういうことなのかを抽象的な言葉でなく、現実として知る必要がある。どんな匂い、どんな味、どんな手触りかを知る必要がある。

この現実を捉えるツールとして採用されているのが「ランダム化比較試験(RCT)」という方法である。この方法そのものは新しいものでは全くないが、開発の分野にRCTを持ち込んで、貧困解消のためのさまざまなプロジェクトやプログラムを、具体的な裨益者レベルにおいて厳密に評価できるようにしたことは画期的であった。

例えばマイクロファイナンスは、グラミン銀行のユヌス博士を筆頭に、具体的な実践の積み重ねによってつくられた仕組みである。グループ貸し付けのような独特の方法論が、成功モデルとして全世界に広まったが、その成功要因や課題を厳密に分析・評価されることなく、本質的なところは良く知られていなかった。そこに著者の研究グループはRCTを適用してマイクロファイナンスの本質を浮き彫りにしていく。その手法は、推理小説を読むようであり、人間の顔が見えてくる。

本書では農業、教育、ヘルスケアとなど、多岐にわたる分野のプロジェクトをRCTで分析・評価している。どれも問題の所在を明らかにし、特定の方法論の意義と課題を明確にしようとする。読者はそこに新しい視点を見いだし、課題のなかに機会も見えることに気付くだろう。社会と人間の謎解き本としても面白く読める。

善意で貧困はなくせるのか?―― 貧乏人の行動経済学
ディーン・カーラン ジェイコブ・アペル
みすず書房
売り上げランキング: 365,896

イギリスのBuy Socialキャンペーン

Social Enterprise UKのホームページより転載

Eat me, Drink me, Wear me, Buy me: Social Enterprise UKのホームページより転載

イギリスのソーシャル・エンタープライズ普及法

イギリスは、国の政策として社会起業家(ソーシャル・エンタープライズ)を推進していて、その着実な広がりは地に足の着いたもののように見える。当然、無数の試行錯誤を日々繰り返してきて、今に至ったものに違いないが、そのアプローチが戦略的で実務的なところがお国柄を感じさせる。

例えばソーシャル・エンタープライズの普及と支援を行っているSocial Enterprise UKは、社会起業家の「業界団体」のような存在だが、その主要な活動は政府へのロビー活動であり、政策提言とソーシャル・エンタープライズのアジェンダを政策の優先事項に上げるためのキャンペーン活動を中心に活動を展開している。メンバーを動員して政治的な力を増し、社会起業家の利益代表として国に働きかける姿勢は、日本ではまだ見られない動きだ。

Social Enterprise UKのホームページ

その数あるキャンペーンの中に、2012年から始まったBuy Socialキャンペーンがある。これは一般の民間企業と消費者の購買活動をソーシャル・エンタープライズに結びつけることを狙いにしており、企業の仕入れ調達のサプライチェーンのなかに、ソーシャル・エンタープライズを組み込むことで「企業の社会的な価値も上げよう」というキャンペーンである。

Buy Social キャンペーンの動画

すごいなと思うのは、こうしたキャンペーンの厚みである。ソーシャル・エンタープライズのデータベースつくって公開し、企業の調達規則のドラフトまで用意する。「これでもか」と様々な施策を畳み掛ける。こうした施策が全て成果を出している訳ではないだろうが、その重厚さは見習いたい。

日本でのソーシャルな動きは、ビジネスコンテストが花盛りでイベント的なものが多いように感じるが、本当に社会を変えるには、多くの人々を動員する戦略性と実務能力も必要になってくると思われる。

ドイツにおけるインクルーシブ教育の意識調査

Deutsche Welieの記事より転載

Deutsche Welieの記事より転載

ドイツのBertelsmann Foundationが行ったインクルーシブ教育に関するドイツ国民の意識調査の結果が公開された。レポートはドイツ語で書かれているのだが、概略が英字紙に掲載されていたのでご紹介したい。

ドイツでは2009年に国連の「障害者の権利に関する条約」を批准し、インクルーシブ教育の普及を進めている。本調査は、批准後6年が経過する今、ドイツ国民の意識がどのようになっているかを4300名の親を対象にインタビュー調査を行ったものである。

調査によれば、回答した4300名の3分の1以上がインクルーシブ教育を行う学校に子供を通わせている。インクルーシブ教育を行う学校に対する親の評価は高く「子供を通わせている学校に満足しているか」という質問に対し「満足」と答えた親は68%にのぼり、インクルーシブ教育を導入していない学校に子供が通う親の58%を上回る。

先生に対する評価も高く「説明がきちんとできる」、「教えることへのコミットが高い」、「子供の長所を伸ばしている」といった項目で、インクルーシブ教育を行う学校の先生の評価は一般の教師より高くなっている。

調査結果にはインクルーシブ教育に関する親たちの複雑な思いも反映されている。調査対象の7割がインクルーシブ教育が社会に必要と回答する一方、障害者は特別学校で学んだ方が良いとする回答者は6割を超え、半数がインクルーシブ教育によって障害を持たない子供たちの学習が遅れると考えている。

日本でも2014年1月に「障害者の権利に関する条約」を批准、関連法が施行となっている。現場レベルも含めてどのような教育システムを構築していくのか、具体的な議論はこれからだ。インクルーシブな教育とは何か、そもそも教育とは何かの根本的な議論がなされ、全ての子供たちがそれぞれの個性やニーズに応じて成長できる社会に(時間をかけながら)変化していくことを期待したい。

条約批准後のドイツでも、地方公共団体レベルでの対応はまちまちで、すこしずつ理解が広まっている様子だ。これから始まる日本においても長い時間と多くの議論が必要となるに違いない。次世代の社会を生きる子供たちのために、わたくしたち一人一人ができることは、まずは知ることだろう。

記事: Educational Inclusion Slowly On The Rise In Germany, Study Shows/Deutche Welie/ 2015.7.1

調査レポートはこちら(ドイツ語)

イギリスの高齢化問題に特化したインパクト・インベストメント

file0001140846723

高齢化対策に取り組む社会起業家を支援

日本は高齢化社会の先進国などと言われているが、高齢化社会への危機感は日本の専売特許ではない。イギリスでも今後20年間に大きな人口構成の変化が見込まれている – 85歳以上の人口は今の倍となり、65歳以上の高齢者は全人口の四分の一を占めるようになるという。

イギリスがおもしろいのは、高齢化のような課題に様々な社会起業家がユニークな方法で取り組んでいて、それを支援するエコシステムが出来上がってきているところだ。たとえば2012年に設立されたNesta Impact Investmentsは、高齢化社会の課題に取り組む社会起業家へ投資するインパクト・インベストメント・ファンドである。

2015年3月に発行されたレポートには、Nesta Impact Investmentの活動や投資先などが詳しく書かれている。特に焦点をあてているのが「認知症」の問題。現在、イギリスでは85万人が認知症に苦しんでおり、その数は2020年には100万人を超える。認知症を抱える本人もそうだが、実はサポートする家族などの介護者の悩みや苦しみは大きい。

こうした悩みや苦しみを一人で解決するのは難しい。社会全体で支援する仕組みが求められるが、国の支援には限界がある。ここに社会起業家による新たなイノベーションが求められているといえよう。Nesta Investmentは、社会起業家の新たな挑戦を支援することで高齢化社会に備えようとしている。もちろん市場としても高い成長が見込まれ、ビジネスとしても魅力的な分野だ。

「なるほど」と感じたのは、インパクト・インベストメントの必要性についての見解だ。国は高齢化社会対策に巨額を費やしているが、実はマクロ的な対策が多い。たとえば新しい治療の方法や診療に対する助成金などである。しかし、実際に苦しんでいる庶民に対する直接の裨益が少ない。国の手が直接には届かない庶民のサポートには、民間の起業家、社会起業家や投資家の役割が大きいとみており、インパクト・インベストメントの意義はその役割の一部を担うことだという。

実は、このファンドを運営するNestaはとても興味深い団体である。その紹介は回を改めて。

Nesta Impact Investmentのレポート:Remember Me(PDF)

リーンではじめるソーシャルビジネス!

stockvault-little-boy-on-bike129712

未知なる世界を切り拓くための歩き方

スタンフォード・ソーシャル・イノベーション・レビューのレポート「The Promise of Lean Experimentation(リーン方式を試して見えてくるもの)」が面白い。筆者も途上国の未知なる世界でソーシャル・エンタープライズを立ち上げてきたが、混沌の中から見えてくる機会をいかに把握し、継続的なビジネスを構築すべきか、大いに悩み、たくさんの失敗を重ねてきた。ここで著者のPeter MurrayとSteve Maが提案しているのは、営利目的のベンチャー企業や大会社の新規事業において注目されているリーン方式を非営利やソーシャルビジネスでも応用すべきというものだ。

例えばアフリカで児童にデジタルブックを配信するWorldreaderの事例。とかく大きなビジョンを描き、詳細は計画を立てて、実行にあたるものだが、Worldreaderの考えは全く逆で、まずは最小限のテストを行うことにこだわる。そこから得られた知見を生かしながら改善を少しずつおこない、時には思い切って根本的に方向性を見直す。この小さな繰り返しで、リスクを最小限に抑えながら、未知なる世界を開拓し、ビジネスを組み立てていく。いまや毎月18万5千人のユーザがWorldreaderのサービスを利用しているという。

http://www.worldreader.org/

著者は、簡単にはいかない現状も指摘する。ドナーは相変わらず「計画と実行」を基準にプロジェクトを評価しているので、しっかりした計画もない中で「実験」ばかりを繰り返すリーン方式はすんなりとは理解されない。プロジェクトの途中で計画を変更することは受け入れがたいと考えているドナーも多い。

いずれにせよ、未知な世界を切り拓くための有効な方法論には違いない。是非興味ある人は一読あれ。

The promise of lean experimentation (Stanford Social Innovation Review June 2015)

途上国でオンライン・ビジネスを展開する方法!

imagebase25_84

先進国で成功したオンライン・ビジネスを途上国へ展開するためには何が重要か?

ハーバード・ビジネス・スクールのウィリアム・カール教授は「オフラインの要素が最も大事となる」と説明する。オンライン・ビジネスで「オフラインが大事」とは意外に思えるかもしれないが、それぞれの国の独特の文化、システム、規制などの課題を乗り越えることが一番重要だと教授は協調する。ビジネスモデルの複製はローカル化が成否を握るのだ。

現地独特の文化や参入障壁はリスクであると同時に機会であり、ローカル化の壁は、乗り越えれば自らのビジネスを守る城壁にもなる。

カール教授が指摘する異国でのオンライン・ビジネス成功の要点は以下の3つ。

・参入障壁を自分の味方に付けよう
・モデルの中身は大きく変わることを覚悟すること
・現地で機能している独特のネットワークに注意を払うこと

オンライン・ビジネスの可能性は途上国で大きく広がりつつある。新しいフロンティアを目指す者はカール教授の指摘に耳を傾けてみよう。

How local context shapes digital business abroad (Harvard Business Review)